愛情

私は井上靖の詩集「北国」が好きで,折に触れて読み返します.その中に,「愛情」という詩があります.

愛情


五歳の子供の片言の相手をしながら,突然つき上
げてくる抵抗し難い血の愛情を感じた.自分はお
そらく,この子供への烈しい愛情を死ぬまで背負
いつづけることだろう.こう考えながら,いつか
深い寂寥の谷の中に佇んでいる自分を発見した.
その日一日,背はたえず白い風に洗われていた.
盛り場の人混みにもまれても,親しい友の豪華な
書庫で,ヒマラヤ学術踏査隊撮す珍奇な写真集を
めくっても,所詮,私のこころは医やすべくもな
かった.夕方,風寒い河口のきり岸にひとり立っ
て,無数の波頭が自分をめがけて押し寄せるのを
見入るまで,その日一日,私は何ものかに烈しく
復讐されつづけた.


私は,よその子供の面倒を見る機会が多々あるのですが,そのとき突然つきあげてくる泣きたくなるような気持ち,あるいは愛情みたいなものの正体はなんだろうと考えたりします.そんなときによく思い出すのがこの詩なのです.